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2012年2月13日 (月)

【報道批評】涙が出るほど理想的だが絶対に不可能だろう~成熟社会となった日本の選択

・佐田重夫氏とは、陸自の幹部を務めた方。

 当然、国防意識や国家とは?と言う事柄に対して平均的日本人を超える意識をお持ちの筈。

 その方の論説「日本の選択」という内容だ。

 まずは、その内容を要約し、私なりの意見を申し上げる。


---以下、要約---


①日本は、戦後、驚異的な復興のみならず、

 一時はGDPで世界第2位、今でも世界第3位の豊かな国になった。

 喰うに困らない自由で便利な生活を手に入れた。


②一方で、少子高齢化、巨額な財政赤字、慢性的不況の状態、更に大震災と原発事故。

 危機的状況が続くのに政治機構は何一つ手を打てない。

 日本は今後、強力な治療を必要としている。


③人間は、元々は集団に生きる種族。

 だから集団が団結すべく伝統や継承すべく知恵を学ぶ種族。

 これが成熟社会となり「自己実現を目指し生き方の多様化」、

 「個人の判断」、「個人の責任」と変貌してきた。


④豊かな生活が得られたと同時に、

 GNH(国民総幸福量)は178カ国中第90位と低い。

 貧しくても助け合う社会は薄れ、核家族、更には家族さえ持たない人まで居る。

 これらの因子が、冒頭の社会的不幸せを生み出している。


⑤今回の大震災で、日本社会は「絆」と「生きる」を思い出させた。

 被災を通じ、互恵の必要性、死に直面することで生の大切さ、これらを意識した。


⑥豊かさが実現され、集団の必要性が無くなり、個人の時代がやって来た。

 だから自分で設計し判断し責任を取らねば成らない。

 多様な価値観とは「何でもあり」ではない。

 各々が自分の人生を全うするための基軸を持てと言うことだ。

 但し実際はそんなに簡単ではなく、孤独や不安や自信喪失しているのが現実だ。

 だから今こそ集団で築き上げた伝統や知恵を(民族の)基軸にする必要がある。


⑦人間として生きることは、単に物欲を見たすモノではなく、

 遠い先にある完成を目指すモノだ。豊かさが必須ではない。

 生きる価値観、判断の座標、心を磨く、

 これがあってこそ、人間として自律した成人になり、

 その人間で構成されるから(物質的)成熟社会が精神的に満たされる。


⑧多様な価値観を受け入れつつ社会が支えなければならない時代になってきた。

 だから新たな共同体や制度・仕組みが必要だ。

 地域主体の制度造り、金銭に置き換えない奉仕という価値観育成、

 すべてお上の指示や援助を待つ甘えの体質を排除、

 これらが必要だ。


⑨国も国益と国民を守る為に以下の課題解決が求められる。


 1)安全保障

 米ソ冷戦の「壁一枚」だけの簡単な状況ではない。

 世界動向がコロコロ変わり、複雑な絡み合いの情勢。

 そのためには、「自分の国は自分で守る」の気概と意志を持ち、

 国家目標・戦略を立て、主動的な対応が必要。


 2)政治の成熟

 何一つ課題解決できない政治機構。国民不在も甚だしい。

 国家百年の大計を狙う政党が、その政策を示し、身を切る覚悟で政治を行え。

 マスコミも政治に関する報道は、一面や国民受けを捉えて批判するのではなく、

 世界を視野に入れ、かつ日本の将来を考えた具体的な智恵や提案を示して、

 鋭く政治を評価してほしい。


 3)今後の経済の発展

 大量生産の機構はもう使えない。

 だから高品質他品目の機構への変革が必要。

 画一的な国の統制ではなく、多方向に挑戦できる体制が必要だ。

 震災復興やTPP交渉過程、これらの機会に変革を図れ。


 4)教育

 人間としての自律と責任を果たす、を担うのが教育。

 戦後教育は、過去の歴史を検証することもなく否定し、

 文化・伝統や公に対する義務・責任を軽んじ、ひたすら個人の自由や人権に偏重してきた。

 教育機関は日本人としての基軸を教えず、根無し草となり、孤独と不安を感じている。

 自国の歴史を知らず、責任も無いから誇りもなく、世界的視野を持って臨む気概もない。

 日本の歴史・伝統・文化に立脚した、宗教・哲学・道徳を修めた精神的支柱の育成が必要。


⑩高齢化を医療・年金・介護と負の問題と捉えるのでなく、

 逆に技術、経験を如何に活かすという正の問題として捉えよ。

 円高も強い円を如何に武器にするかと正の問題として捉えよ。

 低迷する国政に対しては、逆に地方で成功モデルを築き、

 国に範を示すぐらいの気概を持て。国に頼っていては変化に追いつけない。

 なでしこジャパンの「決して諦めない」の精神に見習い、

 戦後第二幕を迎えよう


---以上、要約---


■論説の基軸、納得である。

 但し、仰ることは日本人には難しいし、特に現代日本人には不可能だと思う。


■特に前段部分は全く不可能だし、二律相反する条件だ。

 ホモサピエンスがネアンデルタールを駆逐し、

 生物の頂点に立ったのは、「血族や知り合いだけに限らない集団で生きる術」

 を長年に渡って磨き高め、継承してきたからだ。


■組織の中にあっても個性はある。

 個性があるから差分が生じて新たなモノが生まれる。歓迎すべき事だ。

 しかし、その大前提は、「組織の規範」という最低限守るルールあってこそ。


■戦後、この国の制度は、あらゆる面で「組織の規範」を否定してきた。

 結果平等主義の教育体系、公に奉仕する心を否定する教育体系、

 本来は忌避される犯罪者も「加害者の人権」と守り抜く法曹界、

 真面目に働きつめて10万弱の国民年金を貰う側で、

 なんら蓄えず、なんら努力を積まず、なんら苦労に耐えずに、

 12万円超の生活保護を受けて尚、「苦しい」という老人達。

 「真面目なアリは生き残り、遊び呆けたキリギリスは死にました」

 と寓話でさえ言うことを控えねばならない国民風土。

 それらをリードするマスコミを嬉々として受け入れる有権者。


■もし、筆者の言うような「高徳な国民への変貌」が必須なら、

 例え、明治の様な志の高い時代でも不可能だろう。


■話しは変わるが、組織論に関する社会実験の事例を示す。

 多人数の集団に対しある事案を提示する。

 成功させる為に躍起になるモノの発生確率は大体2割、

 否定的になり足を引っ張るモノの発生確率は大体1割、

 どっちつかずに形勢を見るモノの発生確率は大体7割、だそうだ。


■面白いことに、例えば成功派の2割を組織から排除すると、

 先の中間派から2割分を補填するだけ出現し、

 結局、2:7:1の比になるという実験結果もある。


■私が言いたいのは、この1割の失敗の存在ではない。

 要は、主導するモノは組織に3割くらいしか発生しないと言うことだ。


■だから、この3割の人間は念には念を入れて慎重に選ばねばならない。

 これが選挙と言う制度だ。

 ところが、どうだろう?現代日本人、戦後教育にどっぷりつかった日本人、

 我々にこの様な人間を選ぶことは出来ない。


■選べない理由は筆者の述べるとおりだ。

 ロクに自民族の歴史も知らず、文化も知らず、

 逆に自民族の文化歴史を唾棄すべき存在と風潮するいわゆる

 「知識人」という人間を賛美し敬い立てる国民。


■普通の国なら、彼らの様な無責任で自己中心な人間は忌避される。

 しかし、忌避というのは本能に根ざした反応であり、

 世のため人のためを否定して教育を受けてきた者は、

 本能的に違和感を感じても、受けてきた教育が生み出す「経験」が

 賛成せねばならないと頭の中で警鐘をならし、

 深く考えずに賛成してしまう。

 それこそが菅直人、福島瑞穂、鳩山由紀夫、小沢一郎、への礼賛だ。


■加えて言えば、薄々感じているモノでさえ、自分の年金ほしさに、

 後世の事も考えずに「俺さえ良ければ!」の我欲にまみれて、

 見ざる言わざるを決め込む団塊の世代。

 正直、彼らにとって、50年後の日本なんかどうだっていいのだろう。

 だって、「後世に後ろ指を指される」ことに対して、

 後ろめたさが全くない訳ではないが、

 「へ!逃げ切ったモンが勝ちなんだ!」と、

 まるで説教される不良中学生が、敢えてワルぶる自己正当化する、

 それとなんら変わらない水準。彼らにとって、

 そんな「自分が居るのは、後世を大事にしてくれた先人のお陰」

 などという感謝の気持ちは皆無である。だから歯止めが効かない。

 我欲を抑止する壁が非常に低く、容易に自分を正当化しやすい。

 なぜなら、こういう気持ちというのは不安定なモノで、

 筆者の言うような確固たる基軸、芯軸が必要だからだ。

 そりゃ毎日、経文の様に教育勅語を読まされ、

 修身の教科書を叩き込まれた世代ではないのだから。


・それが証拠に、米国でなぜそれが勃興したかの背景も知らずに、

 ラブ&ピース!の表面だけ捉えてゲバ棒を振るえる新左翼を

 羨望の眼差しで見つめ、または真っ向から否定できない世代なのだ。


■筆者の望む自律した日本人が自ら覚悟を決めて国を動かすには、

 以下の3点しか手法はない。


1)本当の国難が早期に訪れ、技量技能が高い若い世代が居るウチに、

  我欲まみれで後世を省みない世代が死滅すること


2)縄文時代から幕末に至るまでそうだ、

  実際に日本を動かしてきたのは30%にも満たない優秀層。

  何らかの政変で、70%の風見鶏から国政権を剥奪する。

  この風見鶏達には残念ながら基軸や芯軸が備わっていない。


3)絶対にありえないだろうが、国民が5年以内に目覚めて、

  自分の国の歴史、文化を勉強し直し、

  その上で、あるべき姿の基軸・芯軸を身に付ける。


■筆者の求めるのは3)だろうが、残念だ、絶対にあり得ない。

 あるとすれば、1)か2)。

 若しくは、消滅するか、この民族が漸近的にゼロに近づく、

 これしかないだろう。
 何せ、15歳程度の少年犯罪者でさえ、人間性を更正することは困難を極める。
 まして50歳を過ぎた者にそれを求めるのは酷だ。
 また、バブル崩壊後の地獄しかしらない世代は、
 彼らの教えを忠実に実行するだろう。
 先代、年長者、これらを敬うことは馬鹿げたことだ、と。
 日本が復活する方法はむしろ、1)だろう。
 早急に破壊的な世界規模の不況が来て、
 この世代が死滅することを祈るしかない。

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